第37回研究会 講演報告1

2011年度は,財団法人日本漢字能力検定協会より,講演に対して活動助成を受けました。以下はその報告です。

「見える漢字と見えない漢字」

講演者:齋藤洋典氏
   (名古屋大学大学院情報科学研究科, 認知情報論講座教授)

講演報告:
 今回の講演では,「見える漢字と見えない漢字」というタイトルで,漢字を知っているとはどういうことか,齊藤氏が取り組んでこられた研究についてお話いただいた。以下,簡単に講演の内容をご紹介したい。

見間違いは脳の間違い?

 漢字の見間違いというのはよくあることだが,これは目の誤りではなく,脳の誤りである。語彙は数の集まりと思われているかもしれないが,もっと抽象的なものの集まりである。単語処理の研究で,非常に短い時間(40ミリ秒程度)SANDLANEを見せた場合,左側は何だったかと問うと,LANDまたはSANEと報告してしまうfalse alarm(誤った報告)現象が起こる(Mozer, 1983)が,漢字でも同じ現象が見られた。「複」と「浴」を非常に短い時間同時に提示し,左の部品「ネ」と右の部品「谷」を組み合わせた「裕」が先に提示された中にあったかどうかという質問に対し,「あった」と誤った報告をする確率が極めて多かった。こうした部品の組み合わせの見誤りには,①形態要素の配置(部品が左から右の線形に配置されている場合は,右から左へ交差して配置されている場合よりも誤りが多い)と,②同音性(「判」と「畔」)が影響している。 

見えないものが見えているものの邪魔をする?

 右の部品の読み方が語の読み方と一致しているかどうか(例えば,締/tei/と/tei/<一致>と,臆/oku/と意/i/<不一致>)といった読みの一貫性(consistency)などの漢字の内部情報も,単語の読み上げに影響する。漢字全体の読み「議」(ギ)と構成部品の読み「義」(ギ)が一貫している「議」を【議→議(義の下に下線)→義】の順序で提示し,下線の部品「義」(ギ)を読み上げた場合と,漢字全体の読み「憶」(オク)と構成部品の読み「意」(イ)が一貫していない「憶」を,同じように【憶→憶(意の下に下線)→意】の順で提示した場合の読み上げ時間を比べると,「イ」と読むべき「憶」の時間は長くなり,「オク」と読む誤読も多くなった。頭の中にはあるが,意識化・言語化されないような知識を「見えない漢字」だとすれば,見えない漢字が見える漢字(知識)の邪魔をする(競合,competition)ことがある。見間違えなどはその例である。このように,私たちは,読んだり書いたりする際,目の前にあるものだけではなく,その背景情報もいっしょに読んでいるのである。
                              (報告:早川杏子氏)

情報更新日:2012年04月25日